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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2713号 判決

主文

原判決中控訴人クラーレンス・エス・ヤマガタの請求を棄却した部分を取り消す。

被控訴人横川成人は控訴人クラーレンス・エス・ヤマガタに対し金七十一万二千五百十四円およびこれに対する昭和二十七年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

同控訴人の被控訴人横川成人に対するその余の請求および被控訴会社に対する請求を棄却する。

控訴人ハリー・タイラの控訴を棄却する。

訴訟費用中、控訴人クラーレンス・エス・ヤマガタと被控訴人横川成人との間に生じたものは第一、二審を通じてこれを五分し、その四を被控訴人横川成人の負担とし、その一を控訴人クラーレンス・エス・ヤマガタの負担とし、同控訴人と被控訴会社との間において生じたものは同控訴人の負担とし、控訴人ハリー・タイラの控訴費用は同控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らは各自控訴人クラーレンス・エス・ヤマガタに対し金八十二万六千十四円およびこれに対する昭和二十七年一月一日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を、控訴人ハリー・タイラに対し金百二十三万二千四百八十円およびこれに対する昭和二十七年一月一日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、「仮りに被控訴人横川が被控訴会社の債務について連帯保証をした事実が認められないとしても、右債務につき被控訴会社と重畳的に債務引受をしたものである。」と述べ、新たに甲第十二号証の一ないし三、同第十三ないし第十八号証、同第十九号証の一ないし七、同第二十号証の一ないし九、同第二十一号証を提出し、当審証人石黒八郎、同佐藤清一、同須田憲太郎、同〓苅直巳の各証言を援用し、乙第七号証の成立は不知と述べ、被控訴代理人において、右債務引受の事実を否認すと述べ、新たに乙第七号証を提出し、当審証人松井宣の証言を援用し、甲第十二号証の一ないし三、同第十四号証の成立は不知、同第十三号証、同第十五ないし第十八号証、同第十九号証の一ないし七、同第二十号証の一ないし九、同第二十一号証の成立を認めると述べたほか原判決事実摘示と同一であるからそれをここに引用する。

理由

第一、被控訴会社に対する請求について

(一)  成立に争いない乙第一、第二号証、原審証人石黒八郎の証言(第一回)ならびに同証言により真正に成立したものと認める甲第一ないし第四号証、原審証人松本三千〓の証言を総合すると、訴外石黒八郎は、昭和二十六年十月五日まで被控訴会社の代表取締役であつたが、同人は被控訴会社の代表取締役たる資格において

(1)  控訴人クラーレンス・エス・ヤマガタ(以下控訴人ヤマガタと略称する)から

(イ) 昭和二十六年 五月二十八日   十七万二千五百十四円

(ロ) 同    年 七月 十一日   三千ペソ

(ハ) 同    年十一月  九日   十一万三千五百円

を借受け、また

(2)  控訴人ハリー・タイラ(以下控訴人タイラと略称する)から

(イ) 昭和二十六年十一月  九日   三百六十八ドル

(ロ) 同    年 同月 十一日   五千ペソ

(ハ) 同    年十二月二十六日   二十万円

を借受けたこと、右各債務の弁済期はいずれも同年十二月末日であり、右のうち外貨による借受金については、右弁済期の日本における為替相場に従い支払うべき旨の約定であつたことが認められる。

(二)  被控訴人らは、右債務はいずれも前記石黒八郎個人の借入金であつて、被控訴会社にはなんら関係のないものである。ことに被控訴会社においては、昭和二十六年十月五日、右石黒八郎を被控訴会社の代表取締役より解任し、同月十七日その旨の登記をしたから以後同人は被控訴会社を代表する資格を喪失した。仮りにそうでないとしても、被控訴会社は昭和二十六年十一月十七日解散し、訴外三輪寿壮、同川俣清音の両足がその代表清算人に就任し、その頃その登記をしたから少くともその後の借入金については石黒八郎には被控訴会社を代表する資格はなく、従つて、被控訴会社においてその責を負うべきいわれはない。と主張するから検討するに、前顕各証拠に、成立に争いない甲第九号証、原審証人横川暁の証言、原審における被控訴人横川成人本人尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができる。即ち被控訴会社は従前中古衣料を輸入して販売することを主たる営業としてきたが、昭和二十六年八月頃フイリピン国マニカニ産の鉄鉱石を輸入し、これを日本鋼管株式会社に売渡すことになつたこと、そこで当時被控訴会社の専務取締役で代表取締役の一人であつた訴外石黒八郎は、右鉄鉱石の買付、船積交渉等のため、二回にわたりフイリピンに渡航しその折衝に当つたが、その頃から右石黒八郎と被控訴会社社長であり、代表取締役であつた被控訴人横川との間が不和となり、右鉄鉱石買付についても意見の対立を来すに至つたため、被控訴会社においては石黒八郎が右買付交渉をするのに必要な資金を支出しなかつたので、石黒はその費用に充てるために前認定にかかる借入金をしたものであること、その間においても右石黒と被控訴人横川との間の確執は収まらず、遂に被控訴会社においては昭和二十六年十月五日石黒八郎を代表取締役より解任し、同月十七日その旨の登記をしたことが認められるから、以後同人は被控訴会社を代表する権限を失つたものというべきである。しかるに控訴人らが右解任の事実を正当の事由に因り知らなかつたという点についてはなんらの主張立証がないから、石黒八郎が控訴人らから借入れた前記借入金のうち控訴人ヤマガタから昭和二十六年五月二十八日借入の十七万二千五百十四円および同年七月十一日借入の三千ペソの二口のほかは総べて石黒八郎が被控訴会社を代表する資格消滅後になされたものであつて、被控訴会社に対しその効力を及ぼさないものというべきである。換言すれば、被控訴会社は、控訴人ヤマガタに対し右二口の借受金について債務を負担するけれども、控訴人タイラに対してはなんら債務を負担しなかつたものと認めざるをえないのである。而して右各債務の弁済期である昭和二十六年十二月末日当時の日本における為替相場が二ペソが一ドル、一ドルが三百六十円であることは当事者間に争いがないから、被控訴会社は右弁済期において控訴人ヤマガタに対し金七十一万二千五百十四円の債務を負担していたわけである。

(三)  よつて時効の抗弁について考察する。

成立に争いない乙第三号証と、前記認定事実とによれば、本件貸借はいずれも被控訴会社の営業のためになされたものであると認めるのを相当とするから、本件各債権は商行為に因り生じたものであり、いずれも五年の時効によつて消滅するものというべきである。そこで控訴人ら主張にかかる時効中断事由の存否について検討するに、

(1)  控訴人らは、被控訴会社の代表清算人であつた三輪寿壮が、昭和二十八年四月頃およびその以後において、控訴人らの代理人たる〓苅直巳または石黒八郎に対し本件債務を承認したから時効は中断されたと主張し、成立に争いない甲第五号証の一ないし三、同第十一号証の一、原審証人松本三千〓、原審ならびに当審証人〓苅直巳の各証言によれば、右の事実を認めえられるようであるが、原審ならびに当審証人松井宣、原審証人石黒八郎(第二回)、当審証人佐藤清一の各証言によれば、被控訴会社解散後、控訴人らの代理人たる芦苅直巳または石黒八郎が被控訴会社の代表清算人たる三輪寿壮に対し再三にわたり本件債務の履行を請求した事実はあるが、その都度右三輪清算人は、本件債務について被控訴会社が責任を負うべきかどうかについて疑義があるからよく調査した上で善処する旨を答えたにとどまり、右債務の存在を承認した事実はなかつたものと認められるから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。原審ならびに当審証人〓苅直巳の証言中右認定に反する部分は当裁判所の採用しないところであつて他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

(2)  なお、控訴人らは、被控訴会社の代理人たる被控訴人横川が昭和二十九年八月三十一日被控訴会社に代り本件債務を承認した。仮りに被控訴人横川に被控訴会社を代理する権限がないとしても、その権限ありと信ずべき正当の事由があるから、その債務承認は被控訴会社に対し効力を生じたものであると主張する。成立に争いない甲第六ないし第八号証、同第二十一号証に、当審証人須田憲太郎、同佐藤清一の各証言を総合すれば、被控訴人横川は、本件貸借成立の経緯が前認定のとおり被控訴会社の経営を繞る自己と訴外石黒八郎との間の不和が一因を成していることを知つており、かつ自分が以前被控訴会社の社長であつたという責任感から、これを自己個人の責任において解決すべく努力していた事実のあることは認められるが、同被控訴人が、被控訴会社の代理人として控訴人らに対し本件債務の承認をした事実を認めるに足りる証拠はないから、被控訴人横川が被控訴会社の代理人として債務を承認したことを前提とする右主張はその余の点について判断をまつまでもなく失当であるといわねばならない。

そうだとすると被控訴会社に対する本件債権は、弁済期の翌日たる昭和二十七年一月一日から五年後たる昭和三十一年十二月三十一日の経過と共に時効により消滅したものというべきであるから、被控訴会社に対する本訴請求はいずれも排斥を免れない。

第二、被控訴人横川に対する請求について

控訴人らは、被控訴人横川は、昭和二十九年八月三十一日控訴人らに対し、被控訴会社の本件債務につき連帯保証をした。仮りにそうでないとしても、被控訴会社の債務につき重畳的の債務引受をしたと主張する。しかしながら、被控訴人横川が被控訴会社の債務について連帯保証をした事実を認めるに足りる確証がないばかりでなく、仮りにその事実が認められるとしても被控訴会社の控訴人ヤマガタに対する債務は既に時効によつて消滅し、主債務者たる被控訴会社においてその支払の責を免れたこと前認定のとおりであるから、主債務の消滅により被控訴人横川の保証債務もまた消滅するものといわなければならない。控訴人らは、被控訴人横川が消滅時効を援用することは権利の濫用であると主張するけれども、連帯保証人は主債務についての時効を援用することができるのみならず、主債務者が時効を援用した結果主債務が消滅したことを理由に保証債務の消滅を主張しうることは保証債務の性質上当然のことであるから、被控訴人横川において主債務が時効によつて消滅したことを主張することが権利の濫用になるべきいわれはない。以上いずれの理由からいつても、被控訴人横川が被控訴会社の債務について連帯保証をしたことを前提とする請求はこれを認容することができない。

よつて被控訴人横川が被控訴会社の債務を引受けた事実の有無について検討するに、成立に争いない甲第六ないし第八号証、同第二十一号証、原審ならびに当審証人〓苅直巳(前記措信しない部分を除く)、当審証人佐藤清一、同須田憲太郎の各証言、原審における被控訴人横川成人本人尋問の結果によれば、被控訴人横川は、被控訴会社の解散後、同会社清算人からその清算事務の一環として同会社所有不動産等を売却処分する権限を与えられその衝に当つていたこと、その頃控訴人らの代理人たる〓苅直巳は被控訴会社の清算人に対し本件貸金の履行を求めていたがその債務存在の承認さえ得られなかつたので、被控訴会社の前社長であり、事実上清算事務の一部を担当していた被控訴人横川に対しその責を負うべきことを要求した結果、昭和二十九年八月三十一日頃被控訴人横川は、控訴人らの代理人である前記〓刈直巳に対し、個人として被控訴会社の債務につき重畳的に債務引受をすることを約した事実を認めることができるから、被控訴人横川は、当時被控訴会社が控訴人ヤマガタに対し負担していた金七十一万二千五百十四円の債務につき、同会社とともに支払義務を負担したものというべきである。而して本件訴訟が原裁判所に提起されたのは昭和三十二年二月八日であることは記録上明白であるから、被控訴人横川の債務については未だ時効は完成しないものというべく、従つて控訴人ヤマガタの被控訴人横川に対する本訴請求は右の範囲においてはこれを認容すべきものである。

第三、むすび

そうだとすると、控訴人ヤマガタの本訴請求中被控訴人横川に対し金七十四万二千五百十四円およびこれに対する弁済期の翌日である昭和二十七年一月一日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容すべきものである。従つて原判決が被控訴人両名に対する控訴人タイラの請求を棄却したのは正当であるが、控訴人ヤマガタの請求全部を棄却したのは一部失当であるから、原判決は右の限度において取消を免れない。よつて民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第九十三条、第九十二条に基き主文のとおり判決する。

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